父の日

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父の日でしたね。
わたくしも父に似あいそうな
夏らしいポロシャツを選んで
実家の父へ届けてまいりました。

きっと明日にはそのポロシャツ着て
「娘が父の日にくれたんです!」と、
自慢気に披露するんだろうなぁと想像すると
なんだかとてもホッコリしてしまいます。
やっぱり受け取ってもらえるって
本当にうれしいですね。

手元に古い写真があります。(しかも白黒💦笑)
わたくしがたぶん2歳くらい。
一枚は父と。
もう1枚は母と。
たぶん交代して撮り合ったのでしょうね。

わたくしは幼い頃から、
自他ともに認める大のパパっ子でした。

でもその2枚の写真を見ると
様子がちょっと違うのです。

パパのお膝の上では浮かない塩顔。
ママにべったりくっついてウェ~ン泣き顔。
ママじゃなきゃヤダヤダって感じ。

あれ??

なんか思ってたのと違う?!!

わたくしはいつからか
母親が苦手というか
疎ましく思うようになり、
それはそのうち
「見下す」
ような感覚に変わっていきました。

いったいいつ頃から
母を苦手に思うようになったんだろう?

わたくしは時々、
セルフイメージワークをします。

最近だと2月の誕生日の朝、
目覚めのベッドの上で、
産まれてきた時のイメージワークをし、
すっかり忘れかけていた
「生まれてきた目的」
を思い出したところでした。
(これはまた別の機会にお話しますね)

子供の頃の母との思い出。

いつも思い出すのは、
母に連れられて病院に行く思い出。

幼い頃に住んでいた小さなアパートから
小さな個人病院へ続く
真っすぐ真っすぐの道。

小学校低学年からは
毎月脳波の検査で
片道40~50分掛かけて
大きな病院へ通った。

途中にある公園で
いつもパピコを食べるのが楽しみだった。

通院の思い出は
ただただ涙が出て、

「ママごめんね」

がたくさん出てくる。

でもね、
その裏には

「ママとふたりで嬉しい」

が隠れているの。

そのふたつを伝えると
ママは嬉しそうに
優しく抱きしめてくれる。

その他のことを思い出してみると
母はいつも泣いている。

どんなに話しかけても
どんなに慰めても
母は元気にならない。

「わたしではダメなんだ…」

(あ…わたくしのテーマ!)

思いがけず
父の日に炙り出された
未完了の感情

わたしたちは辛くて苦しくて
感じきることができなかった感情を
心の奥底に追いやってしまいます。

その感じきれなかった未完了の痛みは、
その後の人間関係などに、
投影となって表れるのです。

わたくしは未完了の感情が
とても多いようで、
何を観ても何を聴いても
やたらめったら感動して泣きます(笑)

でも今回炙り出された未完了は

「わたくしのテーマ!」

と思うほどに、
わたくしの人生に大きな影響を与えた
未完了の痛みでした。

それを未完了にしてしまったのは、
幼いわたしにとっては辛過ぎて
見ないフリをして
心の奥底に押し込めて
感情そのものをないことにして
心が…自分が壊れてしまわないように
守ったのだと思います。

でもそれは傷ついた幼いわたしが
勝手に作り上げた思い込みの痛み。

イメージの中の、
まだ若くて可愛らしさの残る母に 
悲しくてやるせない思いを伝えて。

ママの柔らかな身体に身を預けて
懐かしいママの香りに包まれながら
わたしの勝手な誤解を解いてもらう。

最後はなぜか大人のわたくしが
子供の頃のわたしをお家に連れて帰って、
わたくしよりも随分若い母に手渡して終了。

たぶん大人のわたくしも
母に会いたかったのかな?

なにはともあれ
良い父の日でした(笑)

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